ポジターノの浜から

ポジターノの歴史  /  Storia di Positano


 ポジターノの歴史をさかのぼると伝説や神話につながるといわれる。
 考古学的にみても、沿岸でも最も古い歴史を持つエリアである。

伝説と神話の時代 (〜1世紀)


ポジターノという地名の由来には、多くの説があげられるが、ギリシア神話の海の神ポセイドンが、 愛するニンフ、パジテアのために街を開いたするものもあり、今もホテルや店、地名にそのゆかりを 残している。近郊には、沿岸でも最古の8000年以上前の人の居住の痕跡が残されている他、 街の中心部では、ローマ時代の貴族の豪奢な邸宅の遺跡が発見されており、当時から海浜の保養地で あったことをうかがわせる。

ポジターノの街の形成 (9〜12世紀)


9世紀に現在のサンタマリア教会の前身であった、サンヴィート修道院を中心に街が開け、 以降アマルフィ共和国の傘下にあった915年にイスラムの侵攻を受けた沿岸都市の住民が ポジターノに逃れ、海から攻撃されにくい高さと、迷路状の街路を持つ現在の街の基盤が 形成された。

ポジターノの繁栄と富の蓄積 (12〜17世紀)


12世紀のアマルフィの凋落はポジターノにとって、地中海交易の規模を拡大するチャンスとなった。 覇権の変遷や、海賊の襲撃や略奪にさらされながらポジターノは街の防衛を強固にしていった。 15世紀の封建制の時代には、自然災害やペストの流行などで一時街は寂れるが、16、17世紀には 高速で強力な艦隊と優れた航海技術を生かした中東からの輸入貿易に成功し、街には海を望むテラスを 持つ豪奢な邸宅が多く建てられた。

長い冬とリゾートの再生


イタリア統一以降のポジターノにとっては厳しい日々が続き、多くの住民が新天地を求めて アメリカへと移民していった。第一次世界大戦以降は、ロシアやドイツの芸術家たち、 二次大戦後は、英米をはじめとする世界のセレブリティがポジターノに惹かれて住み、 街は、避暑地、観光地としての復興をとげ、沿岸一のリゾートの拠点となった。